HOME > MiDI通信 > あべの花さんぽ道 > あべの花さんぽ道 平成23年11月号

阿倍野に咲く花をご紹介します

11月は秋の終りの月です。冬は早足でやって、日が暮れるのも早くなりました。
今月は花壇の草花の植替えをします。
Hoop・andのイルミネーションに合わせて3日に行いました。
11月は外注作業で高木の剪定も行います。
落葉樹は地球温暖化の影響で紅葉が遅くなり、綺麗に赤や黄色に染まる葉を見ることなく、剪定され、丸坊主になります。
常緑樹は散らし風というよりほんの少しだけ葉が残りさみしい冬姿になります。
サザンカ、ツバキ類は花がこれからなので、南別館・南駐車場の高木を合わせて直営で作業を行います。直営ではなるべく樹の自然の姿に形を整える様に作業します。

11月の花 紅葉

毎日見ているはずなのだがモミジが植わっているという印象は非常に薄い。
綺麗に紅葉したモミジらしいモミジを見ていないからである。
4年ぐらい前まで7月に強剪定を行い、直射日光のあたる所に植えられている為幹の樹皮がはぜ、枯れてしまった木も多く見られた。
3年目からは11月に剪定を行い樹勢は幾分回復してきたが南面で陽が当たり、乾燥気味なのでいままで美しい鮮やかな紅葉は見たことが無い。これからも美しい紅葉を見ることは難しい。

  • キンモクセイカーロタリー南側の
    ヤマモミジ
    撮影:H23.11.11
  • キンモクセイカーロタリー南側の
    ヤマモミジ
    撮影:H23.11.11

紅葉はモミジ、コウヨウ?

同じ漢字ですが読み方で意味が違います。
「紅葉(コウヨウ)」という場合は落葉樹が冬に備えて落葉する前に葉の色が紅や黄色に変わること、変わった状態を言います。
「紅葉(モミジ)」という場合は紅葉(こうよう)の中で紅色に変わるカエデの仲間を総称していいます。
これは広い意味の紅葉(もみじ)で、狭い意味のいわゆる「もみじ」はカエデの中でも切れ込みの深い赤ちゃんの手のような形の葉をもち、美しく鮮やかに紅葉するイロハカエデの仲間を指します。
モミジとカエデの違いは植物分類上の区別はありません。 カエデの中で特に紅葉が美しく優れているイロハカエデをタカオモミジまたはモミジと呼びます。
カエデの中には3葉のメグスリノキや1葉のチドリノキのような木もあります。

カエデとモミジの語源

カエデの語源は蛙の手に似ているから「蛙手」が訛ったものです。似ていますね。
モミジの語源は染料をぎゅっと揉んで染色するという意味の「もみづ(揉出)」から由来し木々の葉の色づく様子を表す言葉として「紅葉」と書いて「もみじ」と読むようになりました。 イロハモミジというのは7つに分かれている葉っぱがイロハニホヘトと数えられることに由来します。

紅葉(こうよう)の仕組み

紅葉は落葉樹が冬仕度をしている姿、冬に葉を落とすため葉と枝の間に離層が形成され、当分や水分が運べなくなる為綺麗な色に染まります。
葉の中に残った糖分によってアントシアンという赤い色素ができると赤く染まります。
また、葉緑素が壊れてしまうため、今まで見えなかったカロチノイドという黄色い色素が浮き出て見えると黄葉(こうよう)です。
樹木の個体によって色が微妙に違うのは葉の持っている栄養素が異なるからです。

紅葉の良し悪し

日中の天気がいいほど赤い色素になる糖分が多く作られます。
夜の気温が高いと呼吸が増え、糖分を消費するため鮮やかな赤になりません。
昼間は日光が強く温度が上がり、夜に冷え込む、最高気温と最低気温が大きいほど鮮やかな紅葉になります。
また、乾燥しすぎて葉が紅葉する前に萎れたり枯れたりしては綺麗になりません。
適度な雨や水分も必要です。紅葉の名所に渓流や川沿いが多いのも、日当たり、夜の気温の冷え込み、水分の条件が揃っているからでしょう。
今年は最高気温と最低気温の差が大きかったのできっと紅葉の色づきは良いと思います。同じ木なのに毎年色が微妙に異なるのはこのためです。
最低気温が7℃くらいになると紅葉が始まり、およそ20日後に見ごろになります。
紅葉狩りの予定は最低気温をチェックして日程をたてて下さい。

もみじまんじゅう

もみじまんじゅうの発案者は明治後期に広島県宮島(厳島)の和菓子職人、高津常介といわれている。
島内、紅葉谷の旅館「岩惣」には当時伊藤博文やヘレン・ヘラ―が投宿していて、紅葉谷の名にふさわしい菓子作りの依頼が有り、1906年(明治39年)にモミジ型焼きまんじゅうを完成させ、1910年(明治43年)に商標登録した。
また、もみじまんじゅうの起源には伊藤博文がかかわっていたという説があり、今日広く流布している。
伊藤博文が旅館岩惣の茶店で休憩した折、給仕した若い娘の手を見て「なんと可愛らしい、もみじのような手であろう。焼いて食うたらさぞ美味しかろ」と冗談を言ったことから考案されたというものである。
伊藤博文は当時から厳島びいきで知られ、たびたび島に滞在し、総理大臣をすでに辞していて、「女好きの好々じい」というイメージが民衆の間に確立していたから、この説は広くうけいれられた。

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